2009シーズン無事終了-ランキング過去最高位!!
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
ご存知の通り、レースってのはシーズンが終わった瞬間から次のシーズンは始まっているもので、いろいろ今シーズンの構想を考えていたらまたまた更新をさぼってしまっていました...m(_ _)m
この2年はモタードに全力を注ぎ、じわじわと成績アップをはたして来る事ができました。今年はもちろんモタード向けパーツにさらに磨きをかけてゆきますが、それだけでなく今まで暖めてきたRD用パーツやその他ビンテージ向けパーツにもこの2年のレース経験を反映し、少し新しいものに挑戦してみようかと思っています。まだ設計段階なので写真はのせられませんが、できあがったらここか、ライダーたがーさんの「Moto禅」のページにお願いして少しづつ紹介してゆきたいと思います。
今年の第一弾はDトラ用マフラーのデザインチェンジ。自分で言うのもなんですがカッコいいです!もちろん性能は今まで通り。この前のダイノテストでは94db以下をキープしながら規制前仕様ノーマルで25馬力オーバーを記録です!!
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
足の骨折、入院もあり、又ずいぶん長い間更新をサボってしまいました...(^^;
昨日のお台場スーパーターマックをもって今シーズンのレースは全て終了しました(残念ながら私は足の怪我で欠席でしたが...)
それにしても悲しいニュース、うれしいニュース含め色々な事のあったシーズンでした...前回書いた沼田選 手の悲報、そして翌月にはまさかのノリ君(ノリック=阿部典史選手)の事故死...そして私もノリ君のお通夜に出席した翌々日、事故で足を骨折してしまいました。
ノリ君は彼が小学校の頃から知っていただけに、私より先に逝ってしまった事がいまだに信じられません... ->
ただその反面、今年からスーパーモタードAll Star(全日本選手権)で技術サポート、特にサスペンションセッティングのサポートをさせていただいていた多川選手が国内サスペンションメーカーのサポートを受けたチームなどを相手に善戦、最高位4位、年間ランキング8位の成績を残し、
10月のスーパーモタード関東エリア選手権では多川さんと、Kei'sで新規開発した部品を一部実戦使用頂いている
シーズン中にぐんぐん調子を上げて来た多川選手。最終戦では転倒してしまいながらも、ほぼ最下位から皆をごぼう抜きし6位入賞の離れ業を見せてくれました ->
tatsuyaさんの両氏が3クラス中2クラスで優勝。Kei's Racing
Garageの開発能力がダートトラック、ロードレースだけでなく、モタードでも充分通用する事が確認できたのは大きな収穫でした。
<- tatsuyaさん、優勝&年間ランキング3位おめでとうございます!
さらに今年からはショックアブソーバー内部のバルブセッティングにトライを開始。少しづつデータを積み上げています。
たとえプライベーターといえども、レースの世界は地道なデ-タ収集と、それに基づいた新たなチャレンジを続けなければすぐに遅れを取ってしまう厳しい世界。来年も今年のデータを生かして引き続きノウハウを積み上げて行きたいと思います。 (モタードレース#91写真のCopy RightはStudio 01に属します)
| 固定リンク | コメント (5) | トラックバック (0)
「4日午前10時50分ごろ、岡山県美作市滝宮の岡山国際サーキットで、オートバイの練習走行をしていた千葉県流山市松ケ丘4、二輪レーサー、沼田憲保さん(41)が、ヘアピンカーブを曲がりきれずコース脇のタイヤを積み上げたクッションに衝突し、胸などを強く打って死亡した。(毎日新聞ニュースより)」
いろいろな事情から長い間更新を出来ずにいたのですが、久しぶりの更新が悲しいニュースに...また一人、同年代の知人が逝ってしまいました...彼は元全日本チャンピオン、自分のことなど覚えていてくれたかは定かではありませんが93年、筑波サーキットのパドックで自分達のチームのライダーだったマナブと当時既にスズキワークスライダーだった沼田さんと、(あと武石さんと柳川明さんもいたっけな~)チームのヘルパーの皆で結構遅くまで飲んだことが思い出されます。マナブは翌年、94年に事故で逝ってしまい、今、沼田さんが逝ってしまいました。
あえて細かい事は書きませんが、沼田さんほどのベテランがそんなに簡単にこんな大事故を起こすとは考えられません...
中には避けられない事故もありますが、われわれエンジニアやメカニックは、そんな可能性を限りなくゼロにする為に細心の上にも細心の注意を重ねて日々の仕事をこなしていかなければならないと心に深く刻んだ今日でした...
沼田選手のご冥福を心よりお祈り申し上げます。合掌。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
またまた1ヶ月ぶりの更新となってしまいました~m(_ _)m
さて、毎年筑波サーキットで行なわれていたT.O.F、今年は残念ながら開催されていないのですが、又復活するかもしれないという話しを耳にしました。昨年のT.O.FではTatsuya氏のライディングで過去最高の5位入賞を果たしましたが、まだTatsuya氏の乗り方に合わせた点火時期、トレール長の最適化、タイヤのベルト方向の見直しなどやってみたい事はいろいろ。今年一年RDのレースは休止している事から復活させるにはシャーシ、エンジン共にOHが必用となり
再開即参戦、とは行かないとは思いますが、来年に入ったらまた新しい工夫を凝らしながら参戦再開の準備を進めたいものです。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (1)
気が付けば前回の更新からまたまた一月近くも経ってしまいましたm(_ _;)m
最近はモタードマシンの研究に凝っているのでそちらの方をいろいろ調べているうちにあっという間に時間が経ってしまいます。最近では自分でリヤサスのOHやちょっとしたバルブ変更なども手がけているので日々コレ勉強、といった感じですね。取り付け部寸法の関係でサスペンションダイナモはまだ稼動していないのですが、これも時間を見て冶具を作ってデータ取りをはじめる予定です。まあ、自分のは簡易型なので速度-DF(ダンパーフォース)曲線しか取れないのがタマにキズですがそれでもセッティング変更した結果を目で見れるのは大きいですよね。
それにしてもこのモタードってやつ、奥が深いですね~。軽量なモトクロスバイクで、オン、オフ織り交ざった路面を限界のスピードでドリフトしてゆくわけですからタイヤ、ダンパー、車体など全てに気をくばってしっかりとセッティングをしてゆく必要があります。このモタードというヤツ、まだまだ暫くの間はしっかりと勉強させてくれそうです(^^)
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
昨年末から崩していた体調も少しづつ直り、ぼちぼちと活動開始です。まだ肩の怪我の痛みが残るので、乗る方は肩のサポーターを購入してからですが。
そういえば、「07シーズンからMFJ認定のスーツ着用」の規則変更をマに受けて無理してツナギ買ったら今年は猶予期間になったとか...(T^T) それでなくても音量規定やサイレンサーエンド形状の規則変更の対応で大変なのに~(T^T)
規則変更対応のエンドキャップ,完成しました。超軽量のカーボン製で、エンドキャップのリベットと共締めの形になります。チューニングエンジン対応のエンドバッフルはもう少し。
今はもっぱら技術サポート分、自分の分共に今シーズン用の車体仕様検討を行っています。何しろシーズン前に図面上でしっかりと詳細検討をしておかないと、実走テストに入ってからあっち立てればこっち立たず、で思い通りに走れない車体になってしまいますからね~。車体各部の寸法関係、セッティングパーツの仕様決定、手配等々を走り出す前にやっておかなきゃです。
D-Tracker,今年のモディファイのポイントは車体ジオメトリー最適化の為の三つ又製作。D-Tracker用だとコレが結構大変です。レース用と割り切れば簡単ですがレースをしながら街乗りに使う方々がいるのもMOTO3。正規の位置にキーシリンダーが付くようにしないとハンドルロックが使えませんから。バーハンドルの場合、ハンドルポストの位置なども重要になってくるのでこの位置をどの辺に持ってゆくか。いろいろ悩んでおります。まずは早く図面仕上げなきゃ...
XR用マフラーもトライしております。こちらもがんばろ~!!
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
ちょっと体調を崩し、暫く更新をサボってしまいましたm(_ _;)m
「世界最速のインディアン(原題"The World Fastest Indian")」という映画が2月公開になるようです。これはニュージーランドで1920年代のインディアン、スカウトというオートバイを自ら20年以上をかけてコツコツとチューンしてきた主人公が63歳にしてアメリカ、ユタ州ソルトレイク、ボンネビルの最高速競技に挑戦するまでを描いた、実在の人物をモデルにしたストーリーとの事。
http://www.sonypictures.jp/movies/theworldsfastestindian/index.html
この映画は是非見に行こうと思っています。
予告編をテレビで見ました。見渡す限り真っ平らなアメリカの大地、そして見渡す限り真っ白なソルトレイク。
これを見て、10年以上前にボンネビルに挑戦した時の事を思い出しました。
当時、自分はマフラー設計担当でこの挑戦に参加し、現地にも同行したのですが、そこは日本では想像しがたい場所でした。
見渡す限りの真っ白い塩の地面、そして蜃気楼。そこをオートバイから大型トラックまで、思い思いのデザインで丁寧に作りこまれた車両たちが一台づつ記録に向けてスタート。いかにもアメリカ、といった感じの派手なペイントが真っ白な塩と抜けるような青空にくっきりと映えます。
走路は約10km(7マイル)。最初の2マイルで加速、そこから3マイルの測定区間を通過し、最後の2マイルで減速。車両によってはここでパラシュートを開きます。
我々はかろうじて速度記録(クラス記録)を更新したところでエンジンブロー、その後再挑戦を試みるも現地の天候不良で競技が中止になってしまい、再挑戦を果たす事は出来ませんでしたた。
また機会があれば見に行くだけでもいいからもう一度行ってみたいものです。 (現地での写真はモーターサイクルドクター須田さんの許可を得て転用させていただきました。須田高久さん、有難うございます。)
余談ですが、今まで16年にわたって破られていなかった2輪の速度記録(518,449km/h、確かエンジン2連装のハーレーだったと思います)が昨年、ダートトラックのトップライダー、クリス、カーによってついに破られたそうです。(564,693km/h、エンジンはスズキのターボ付き1300ccとの事。)
| 固定リンク | コメント (5) | トラックバック (0)
最近、家内が買ってきた「おせん」と言う漫画を良く読みます。
その中で良く出てくるのが「眼」という言葉。この漫画の中では書画骨董、料理に対して「モノの本質、良さを見抜く純粋な眼」という意味です。
この「眼」というやつ、レースの世界でも心に留め置く言葉ではないかと....
あれは確か91年マイアミ公道GP、フレディーがGP以来5年ぶりの優勝をしたときのレース後のパーティーだったと思います。
師匠のマイク、ベラスコが飲みながら周りの人々言いました。「ここにいるKeiってやつ、こいつは頭がいいし計算に強い。自分にはこいつみたいな計算は出来ない。けど自分はマシンにまたがりサスを揺すってみると目の前にコースが広がり、そこを走るマシンがあり、そこでそのマシンがどんな動きをしながら走るかを感じる事が出来るんだ」
確かにデータロガーも何も使っていない状況での公道レース、他のマシンが路面の継ぎ目などで大きく振られる中、フレディのマシンだけは豪快にドリフトしながらもまるで鏡の上を流れるかのようにコースの上を活き活きと泳いでいました。あとでこっそり教えてもらいましたが、彼はサスのセッティングだけでなく、マシンを前に進める為のクランク周りの慣性モーメントまで完璧なイメージを持ってセッティングしていた様です。今思うと、これこそが本質を見抜く「眼」なのでしょう。
あれから15年、自分も当時のマイクの年齢になりました。今、自分がそんな「眼」を持てたのか....きっとまだまだだと思います。それでも、これからも出来るだけ多くの「本物」を見、触れ、少しでもモノを見る「眼」を養っていきたいと思う今日この頃です。
| 固定リンク | コメント (1) | トラックバック (0)
以前、「残存寿命の読めないマシンに人は乗せられない」と書い事があったが、はからずもその恐ろしさを昨日の桶川の走行会で自分で実証する事になってしまった。
残存寿命=Residual Lifeとは、通常メーカーなどで耐久試験を終えた部品が、後どのぐらいテストを続けると疲労破壊を起こすか、文字通り残された寿命の意味で使う言葉だ。
今回は数日前から体調が優れず、予定していた4アイテムのうちダートセクションの操縦性に関係する2アイテムに絞ってテストすることに。今回は自分で運転出来る体調ではなかったのでDトラ2台を積み込み、元同僚のH先生に運転してもらって桶川を目指した。
H先生はメカニック経験が長く、ロード、ドラッグレース、最高速競技などライダーとしてのキャリアも豊富な方で、今回のKei's Dトラ本番車も腰下を手伝ってもらっている。今回はH先生、モタード初体験なのでノーマル猫足車にテスト部品有無両方で乗ってもらい、新鮮な目でテスト部品のコメントをして頂くようお願いした。
こちらは本番車のフロントをセッティング変更してオフとターマックのバランスをテスト。本当はオイルも調合し直したかったが今回は間に合わず、とりあえずその他で姿勢バランスのチェックのみ。
ノーマル車のテスト部品は「ダートでの安心感が出る」とのコメントで一安心。自分で乗ってみてもDトラ特有のコーナー入り口でフロントが巻き込んでコケそうな恐さが薄らいでいるのでまずは合格。後は取り付け方法の煮詰めのみ。
本番車の方も細かいストロークスピードの話は置いておいてダートとターマックでのコーナリング姿勢のバランスは悪くなさそうだ。ダンピングについてはバルビングを変えたサスユニットのテストが今回は間に合わなかったので後日このユニットのテストと同時に調合を変えたオイルを試すことにする。
極低速のダート区間入り口で2回ほど「ボテ」とこけたのは若干固めのオイルを足したにも関わらず圧減衰を抜いておかなかったのでタイヤが押されてしまったのだろう。
で、「それ」が起きたのは最終セッション。今回はダートでの挙動確認が目的だったのでダートは少しペースを上げ、ターマック区間はスロットルを開けず、皆に先に行って貰いながらコーナーの車体姿勢だけをチェックしていた....つもりだったが後ろを見るとただいま急成長株、プレストさんのところの「あっち」選手が。これは自分のライダーとしてのベンチマークのためにも付いていかなきゃとペースを上げてしばらくしたその瞬間!...
アッという間にアスファルトの上を滑っていた。マシンも音を立てて自分のはるか前を滑っている。この転び方は普通ではない。すぐにマシンに駆けよって再始動しながらマーシャルの方に路面に何か異物がないか確認をお願いする。
マシンを脇に寄せエンジンを再始動するとエンジンの下から何かがたれている。良く見ると冷却水だ。それも転倒のダメージとかではなくクランクケースの合い面から流れている。その時マーシャルの方が戻ってきて、この周回のダート区間から自分のマシンで冷却水の漏れが始まっており、運悪くこのコーナーで自分の流した水に乗ってしまったようだと言う。納得。他に巻き込まれた人などいないか聞くとそれはないとの事なので一安心。
走行時間終了後、マシンを押して戻りH先生に「ケースから出た水に乗っちゃったよ」というと「あそこって新品部品間に合わなくってそのまま組んだところだよ。」そうだった。エンジンを組む時に部品の手配もれがあってやむなく二人で相談してそのまま組んだ箇所だった。組んだ時点で残存寿命はあまり残っておらず、たまたまここで寿命が尽きたということか。
帰り道、H先生ともう一度他に残存寿命の読めない部品は残っていないか洗い出し、使用時間のわからないコンロッドベアリングとウォーターポンプ周りは全て新品にし、あらためて使用時間を管理するようにした。原因がわかれば後は的確な対処をすれば良いだけの事。こういうときは私もH先生も結構平然としている。
通常、金属はかかる力が増えると二次曲線的に疲労破壊までの寿命が短くなる。各部品に十分な寿命を見込んである市販車でもレース用にすると極端に寿命が短くなる為、通常は新品からの使用時間を管理し、ある時間使用したら交換する。たとえば以前スーパーバイクで使用していたGSX-Rの場合寿命は10時間ごとのオーバーホールだったし、今走らせているRD400の場合は1時間毎だ。今回も気をつけてはいたが、準備期間の短かかったプレッシャーかMOTO3マシンを甘くみていたか、いずれにしても判断の甘さから痛いしっぺ返しを食らってしまった。だれも巻き込まず、マシンも人もダメージがなかったのが不幸中の幸いだ。
今回は自分の、しかもコース上の転倒だったからまだ良いが、自チームのライダーのマシンでは万に一つもこんなことがあってはならない。これが峠道だったら対向車に踏まれて命を落としていたかも知れない。
寿命管理の大切さをしっかりと胸に刻み込む事になった一日だった。
| 固定リンク | コメント (1) | トラックバック (1)
今まで6年に渡って毎戦進化しながら戦ってきたRD400。もしかしたら来年はこいつのレースはお休みするかもしれない。
このレースをはじめる為に転職。いつもレースが終わったその日から問題点の抽出、分析、対策案立案、対策部品の設計計算、図面作成、手配と予算組み。ほとんど全てが自分の設計によるワンオフパーツなので部品がそろう頃にはもう次のレース直前といった状態が続いてきた。
今年はtatsuyaさんと組んですばらしい結果を残せたと思っているが、まだ彼の力を100%出し切れるマシンではない。やる事はまだ残っている。
ただ今年はモタードと並行して行った為、モタードの本番車完成が最終戦までずれ込んでしまった。
来年は今年のデータを元に、モタードマシンを煮詰めてみようと思っている。となるとやはり中途半端にRDに手をかけるのはこのRDに失礼だ。
今までこのRDには100%の力を注入してきたし、自分のモチベーションが上がらない時にはモチベーションを最大に持っていくまで触らないようにしていた。又このRD、エンジンやサスのスペアパーツは山ほど持っていくが、外装部品のスペアや補修道具は一切持って行かない。それはほとんどワンオフパーツというのも理由ではあるが、
「絶対に転倒させず無事に帰る」
「転倒痕のあるマシンをグリッドには並べない。転倒痕=車体のゆがみ=危険。また汚いマシンをグリッドに並べるのは協力してくれた方々、手伝いに来てくれた方々に失礼にあたる」
「ライダーには80%の力で安全に、無事にレースを楽しんでもらう。80%の力で勝てるマシンを作るのはメカニックの責任」
そして何より、「このRDには寿命の尽きるまで転倒なく無事走りきって、静かな余生を送って欲しい」との願いと覚悟の表れだからだ。
だから今年はまずモタードに全力投球。その後落ち着いたところでもう一度このRDとしっかり向き合って見たいと思う、これは自分のライフワークだから。
| 固定リンク | コメント (3) | トラックバック (0)
昔の同僚のKevin Erion。なんか今はHONDAセミワークスのErion Racingなんて持っちゃってAMAではちょっとメジャーなおじさんになったりしている。で、偶然にMixiで知り合った方がKevinに会った時私の名前を出したら「連絡くれよぉ~」とのことでメルアドをくれたので早速メールしてみました。年を経ても昨日まで一緒にいたかのような感覚。レース仲間っていいですね。
あまり似たとこのない二人だけど共通点が一つ...「髪が無い」(自爆)
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
今日もいつも通りのな~んかドタバタだったけどとりあえずMOTO GPだけはチェック。
何故なら「オートバイ」のエッセンスが全て詰まったのがMOTO GPだと思うし、古い友人や後輩が今この世界でマシン開発の先端を担っているからだ。そして各マシンの動きをジーっと見ているといろいろな事が見えてくる。たとえば数年前、某メーカーのマシンは確かに速かったがフレーム回りの固有振動数が高すぎ、人間の神経伝達速度を上回っている為一部の体の大きい=体の下で振れを逃がせるライダー以外はクラッシュのリスクが高いなーと思っていたら翌年、固有振動数を落として来たように見えた。で、年の終わりにフレーム剛性を落としていた、という記事が雑誌に載っていた。
今で言うなら某メーカーのマシンは他車に比べ重心を数ミリ低く取るかロール軸周りの慣性モーメントを低く抑える努力をしていると思う。
又、某ライダーは一発は速いがリーンの深いところのトラクションにこだわりすぎたせいかリヤのスプリングレートが若干低すぎる様で、立ち上がりでリヤのアンチスクワット生かせない+ストロークの奥でタイヤに負担を割り振りすぎ、度度ハデなクラッシュを演じている。
もちろん外部の第三者の言うことなのでてきとーに読み流してほしいが、あながち的外れでもないかな?とは思っている。
もてぎGPの時、午前中の予選の走行を見ていて、「あーこいつ最後の最後にベストラインを通ったな」と思って某ワークスチームのサス屋の友達のところに行き「流石ジャン、最後だけ他より1m程早くスロットル開けてたぜ。これは午後は来るよ」といったら「良く見てるな~」などといわれ「お互いこの世界長いもんね~」なんていってたら案の定午後の予選最後の一周、そのラインを通ってちゃっかりフロントローを取っていった。
やっぱり本物を見て、感じ、考える事は大事だと思います。
話は変わって今日のペドロサ。やってはいけない事をやってしまった。無理に突っ込むあまりランキング首位のヘイデンを巻き込んでクラッシュ。今はあまり「チームオーダー」という話は聞かないけれど、以前は第一ライダー、第二ライダーの立場というのは明確で、第二ライダーの役目はサポート。第一ライダーに強引に仕掛けて共倒れなど絶対考えられないシチュエーションだった。これでヘイデンがタイトルを逃がしたらホンダはどうするか、それでも将来性を考えペドロサを残留させるか、判断能力に問題アリとして放出するか。興味深いところだ。自分だったら全体を見通した判断を出来ないライダーはどんなに速くても解雇、でしょう。来期は興味深々です。
| 固定リンク | コメント (3) | トラックバック (0)
時々フと来年に思いを馳せる今日この頃。
来年はどこを攻めるべきか?
TOF、Tatsuyaスペシャルは見えた。すでに具体的な車両セッティングも決めてある。タイヤも決めた。唯一つ読めないクランクの残存寿命。どんなに速くても残存寿命の読めないマシンに人はのせられません。前回の練習の際のエンジントラブルでインナー側のベアリングがどの程度磨耗しているのか?全バラクランクOHで確認の要あり、後ヘッドとシリンダも要加工。はたして時間内に準備は出来るのか?ここは一年休むべきか?
モタードの方は来年どうなるでしょう???
| 固定リンク | コメント (8) | トラックバック (0)
I sometimes say words that I like.
"Making impossible a possible is my job,"
Today I got major problem at my weekday job. It first seemed that tere is no way we can get throught this issue, but finally, My coreagues in Spain, Germany, Korea all woked togrther and it seems now we have a way.
When our project leader called me from Germany concerning current status about this issue, I told him we have a hope nad said, "Hay! you know, making impossible a possible is my job!" and he said "Yo!! Thank You!!"
Today was a hard day but I difenitely had some fun of problem solving.................
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
今年も8月15日がやってきました。この時期、毎年思い出す忘れ得ぬ話があります。私の母は今は病で入院しており、その真偽を確かめる術はありませんが、小さいころ、良く南の空を見ながら話してくれました...今も家には零戦の操縦席で微笑むパイロット達の写真が何枚か残っています。
私の母は太平洋戦争も敗色濃くなった昭和19年、看護婦として台湾の高雄に着任致しました。着任とほぼ同時に乗ってきた輸送船が空襲で撃沈され、その後も連日機銃掃射を浴びるほどの激戦だったそうです。
母のいた病院は海軍の戦闘機隊(と言っても恐らく特攻隊でしょう)と高射砲陣地のすぐそばであった為、海軍の方の入院患者が非常に多かったそうです、そしてその中に、長期入院をしている若いパイロットが一人いたそうです。当時20歳そこそこだったはずの母が「子供のよう」と言っていた記憶がありますので、恐らく10代の若いパイロットだったのでしょう。非常に明るい子で、皆ともとても仲良くしていたそうです。
やがて彼も治療の甲斐あって全快し、退院の運びとなったのですが、そのほんの数日後.....
なぜそれが彼の愛機とわかったのか、事前に挨拶に来たのか、顔が見えるほどの超低空飛行をしていたのか、又は機体番号を教えていたのか、今となっては知る由もありません。ただ、それは紛れも無く彼の乗る零戦だったそうです。腹には2番弾(250kg爆弾)を抱いて....
時に昭和20年8月14日夕刻。彼の零戦は別れを惜しむように病院の上を繰り返し繰り返し旋回、やがて夕焼け迫る南の空に消えて行き、2度と帰る事は無かったそうです。患者とはいえ母達にとっては激しい空襲の中を共に生き延びてきた友人も同様の彼、その彼が全快と同時に、しかも終戦前日の夕刻に、何故逝かなければならなかったのでしょう...
今もこの話をする時は涙をこらえる事ができません.....
| 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0)
今日、新しい医者に行ってきた。理由は簡単、「以前お世話になっていた先生が急に入院してしまい、病院が閉院となってしまったからだ。
新しい病院は表参道で見つけた。前の先生からの申し送りを持って診察を受けた。そこで思ったこと...「あ、医者もメカニックも変わらないな」。もちろん基本は一つだと思う。当然薬の性状なども。ただその基本を踏まえたうえで各先生が自分なりの考えを持ち、手持ちの駒(要はお薬です)を組み合わせていかに患者を回復させてゆくか考える。薬に対する患者の反応は多少のばらつきがあっても多分狙った効果に対しては1:1対応だと思う。そう考えるとこれってホントにライダーとメカニック。基本と、あと与えられた条件を駆使していかに結果につなげるか。基本は一つでも方法は多種多様。ここが各人の腕の見せ所。
なんかそう考えて、病院と言うものにな~んとなく親近感がわいた今日でした。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
今回、Kei's Racing Garageとしては今後の参戦体制の充実とマシンの煮詰めを行う為、あえて参戦を見送りましたがmoto3のエントリーリストを見てみると.....
今回、エントリ-リストには16台が載っていますが、そのうちKLX/D-Tracker/250SBは計9台、で、なんとそのうちほぼ半数の4台がKei's Racing Garageのフルエキゾーストを装着!これはもしかしてDトラ系で装着率No1ではないでしょうか!?ちなみに第2戦でも入賞6台中3台がKei's Racing Garageフルエキゾースト装着車でした!!
これもひとえに実戦で装着してその性能をアピールしてくださったBOSS@プレスト氏やtatsuya氏のおかげです。ありがとうございますm(_ _)m そして音量を抑えながらもレースの場でそのまま通用する高性能が確認できたこと、大変うれしく思います。
Kei's Racing Garageエキゾースト、これからもよろしくお願いいたします。
8月の伊那には必ず馳せ参じます。それまでに減量しなきゃ。(T中さんも、ネ。)
| 固定リンク | コメント (5) | トラックバック (0)
さっきモトGPを見ていてフと思った事。「GPメカとそれ以外のレースメカの違いって何なんだろう?」 普通に仕事の付き合いの合った方や元同僚で現在MOTO GPマシンの開発に携わっている方などもいるので逆にイメージが掴みにくい。
AMA時代にもGP帰りやその後GPに行くライダーと一緒に仕事をしたり戦ったりした。フレディー、スペンサーやマイク、ボールドウィン、スコット、ラッセルといったライダー達だ。なので、それなりの経験はあるし、今は4輪の開発に携わっているのでせれなりの力はついたとは思うのだがそれでもGPメカはさらに上を行くイメージだ。
日本にもGP出身で凄腕のチューナーと言われる方がいる。以前JSB1000のメカの話しが来た時、ライダーの義理の兄と言う元GPメカ(15年やってたそうだ)に食事の席でマシンの細かい数値設定について質問攻めにあい、結局そこまで数値攻めで無ければいけないなら、とそのJSBのメカをお断りさせて頂いた事がある。もしそれだけの数値を知らなければ触ってはいけないのなら私には出来ない。 メーカーはそこまで細かい数値を教えてくれないし、結果を出すのがレースの目的ならそこまで細かい数字を追っているより概略の寸法とセッティング、ライダーのコメントから明確に変更点と決勝までの戦略を決め、行動に移すのが結果に対して効果的だと思うからだ。 ただ、やはりそれだけの物を持っていなければGPメカになれないというならもう一度勉強しなおしてみたい。それで10年とか15年後に自分がジェリー、バージェスやヘラルド、エックル並の力をつけられれば素晴らしいと思う。
「GPメカとは何か」わかるかたアドバイス頂ければ幸いです~。
| 固定リンク | コメント (1) | トラックバック (0)
さて、Kei's Racing Garageは都内某駅近くの商店街の中に有る小さ~いガレージなわけで、ちょっとした整備は軒下などでやったり、中のバイクを出して中で整備したりしておりました。
ところが、やはりそこは出口を一歩出ると車道というシチュエーション、御近所からクレームが出てしまい軒下はNG、といってウチは改正道交法での取り締まり重点区域内。中のバイクを出すと駐車違反一網打尽!となりかねません。というわけで現在場所を空けるべく片付けを行っております(MOTO3の準備が手間取ったのはこの辺が原因だったわけです)。
と、いうことで里親探し再び。TDR250,現在バラバラ状態。数年前に入手、修理を始めたのですが手が回らず...もしここから気合で組むぞ!という方がいらっしゃいましたら安価でお譲りします。ただ、本当にバラバラ、欠品の保証もしかねる(もともと1台だったので欠品ないはずですけど...)状態です。エンジンは焼きついていますが他に1KTのノーマルエンジン1基あり。それでもイイ!という気合の入った方がいらっしゃいましたらご一報を。黒/黄色のカラーの方です。
| 固定リンク | コメント (5) | トラックバック (1)
昨日の午後、家内からメールがあった。「マン島で日本人死亡」とある。
「前田さん?!」そうでない事を祈りつつ家内の送ってきたアドレスを開いた。
予感は的中していた。
前田 淳 選手。享年38歳。
5月29日のマン島TT、プラクティスセッションで他のライダーと衝突、6日に息を引き取られたと言う。
1992年。当時勤めていたTwo Brothers Racingに日本のチームから「AMAのSS600に出たいのでマシンを作って欲しい」という依頼があった。
その時、チーフのマイク、ベラスコから初めてSS600用CBR600のエンジン組立てをまかせてもらった。
マイクと「日本人のライダーだから、見えないところに日本語で応援メッセージ書こうぜ!」とクランクケースの中に大きく漢字で「必勝」と書いてエンジンを組んだ。
そうして出来あがったマシンをチームのマシンと共に積み込みディトナへ出発。
引渡しの時にチーム監督と一緒に現れたライダー、それが前田選手だった。
第一印象は「なんとなく華奢な感じ子」だったのを覚えている。
レースでは、確か予選でクラッシュ、我々のTカーを借りて決勝を走った。自分もその時は自分のライダーで手一杯だったので残念ながら前田選手の順位は覚えていない。
やがて時が経ち、前田選手がマン島へ挑戦している事を雑誌で知った。立派な体格、そして勝負師の顔立ちになったな、と思い、いつも雑誌のレース参戦記を読んでは影ながら応援していた。
10年以上前の一見習メカニックの事、前田選手はきっと覚えていなかっただろうが、自分にとっては初めて自分が組んだCBRエンジンで走ったライダー、忘れた事は無かったしこれからも忘れる事は無いと思う。
大島 正選手の時もそうだったが、ほんのわずかでも自分と接点の有ったライダーが逝ってしまうのはとても悲しい...
前田選手の御冥福をお祈り致します。
I sudeenly received an e-mail from my wife that says "A Japanese rider has lost his life in Manx TT race"
"Jun Maeda?!" I hoped it would not be him, and opend a link that she sent me.
Unfortunetely, he was the one.
Jun Maeda - Japanese Manx TT Hero, 38 years old.
He crashed with another rider during 29-May practice sesion at Manx TT, passed away on 6-June.
In 1992, Two Brothers Racing, where I was working for at that moment, received one phonecall from Japanese racing team requesting building one CBR600F race bike for AMA SS600.
That was the first time ever my crew chief Mike Velasco let me build CBR600 race engine.
I discussed with Mike about writing Cheering message in Japanese somewhere that people won't find out, and wrote "Hissyo! (Must Win!)"in its crankcase.
After we arrived Daytona, a team manager and a rider showed up to pick up the bike. That rider was Jun Maeda. My first impression was "rather skinny kid and does not look strong" If I remember correctly he unfortunately crashed in qualify session and ran our T-car for main event.
After years, I read Mr. Maeda's effort for Manx TT racing on one motorcycle magazine. He already looked strong and had a face of profesional.
I had been hoping he gets good result since then.
I was just one of trainees when I met him, thus I assume he did not remember me, but I never forgot him and will never forget him. He is the one who rode the CBR600 with the engine I first ever built.
I woiuld like to express my deepest sympathies with Jun Maeda’s family and friends at this sad time, and also would like to pray for the repose of his soul.
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (1)
この前アクセス解析のリンク元を見ていたら見なれないアドレスが...そこに行ってみると何とイギリスのRD乗りの掲示板でした。皆さん結構マメに海外のサイトもチェックされているようで、同じRD乗りのあつしさんのサイト”RD Survive”もマメにチェックしている様子。
http://www.aircooled-rd.com/forum/topic.asp?TOPIC_ID=13226
以前からこの掲示板の事は知っていて時々参考にさせて頂いていたのですが、これは良い機会と早速登録、書き込みをさせて頂くことに致しました。早速レスを頂きましたが、やはり”日本語”がネックになっていて「写真は見れても書き込みが読めない~」との事。そこでこれからは(というか既にやってますが)、出来るだけ書き込みに英語を併記したり、時には英語の記事を載せるようにしようと思います。できれば将来はRDな方々だけでなく、世界のモタードな方々ともいろいろ意見交換出来る様にしたいです!
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
ここしばらくツーリングに出ていなかったので、連休は久々に走ってきました!
これまた久々登場の愛車VF750で、中央道を松本から黒部、日本海沿いを走って菅平方面、信州小諸に立ち寄って温泉とチーズケーキを満喫し帰宅。2泊3日の旅でしたが久々に旅を満喫させて頂きました。
黒部の山とトロッコ電車->
特に途中で偶然見つけた造り酒屋と日本海の海岸で売ってたヒスイ、これまた偶然見つけた、かつて東京~ロンドン間(だったと思う)の飛行時間記録を打ち立てた「神風号」の飯塚飛行士の記念館など、思わぬ収穫でした。
小諸では学生時代から20年以上お世話になってる民宿で2年ぶりにおじさん、おばさんと飲んで楽しい一時を過ごしました。(翌日寝過ごしたのは御愛嬌...)
快く送り出してくれた奥様に感謝!
飯塚飛行士記念館->
ちょっと残念だったのは上信越道で軽井沢から妙義山を抜け、景色を良く眺めようとPAに立ち寄った時。某レーシングチームのスポンサーをしている企業がマシンを展示し、キャンギャルをつれてキャンペーンをしていたのだけれど景色のきれいな、休憩するべきPAで大音量でロックミュージックをかけ、マイクでこれまた大音量で宣伝をしている。何故この場所でこんな事を
する必要があるのか?旅情も何もあったもんじゃない。しかも展示してあるマシンは確か「XXチーム全日本出場車」と書いてあったけどカウリングだけで中身はただの市販車。もともとこのチームについてはあまり良い話しは聞いていなかった
<-造り酒屋に愛車のVF。
けど、ますますマイナスのイメージを持ってしまいました。宣伝したい気持ちはわかるけど、やはりTPOをわきまえて欲しいと思います。景色の良い山の中で大音量のロックミュージックにキャンギャル、レーシングマシンを楽しみたい人ってあまりいないんじゃ...
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
先日、家内が「HPで見たけど、ノリ君、最近良い結果が出なくて結構悩んでるみたいよ、応援書き込んであげたら?」と。
最近テレビなどでWSBを見た時などもなんか彼らしくないな、とは思っていたがHPを見てみると確かに歯車がかみ合わず悩んでいる感じだ。彼に苦しい表情は似合わないのに...
ノリ君に会ったのは彼が小学校3年の頃。自分はまだ学生で、彼のお父さんが当時開いていた用品屋さんに週一回立ち寄ってはノリ君、お兄さん、お父さんと一緒に多摩川にミニモトに乗りに行っていた。
自分が就職してしばらくした後、お父さんに御挨拶に伺ったら「ノリは今ミニバイクレースやってて、将来はGPに行きたいなんて言ってるんだよ」といわれていた。
次に会ったのはアメリカ修行出発前。丁度自分もAMAのレースに旅立つ前だった。いつのまにか見上げるぐらい背が高くなっていた。アメリカに渡って、自分がツーブラザーズで修行している時にも一度会ったが、見知らぬ土地でもニコニコと楽しそうにしていた。
アメリカから帰ってきて筑波の1ヘアピンで彼の走りを見た時、その、他とは一線を画するマシンコントロールに、AMAで目の当たりに見てきた元GP500世界チャンピオン、フレディー、スペンサーの走りとイメージが重なった。「彼は行ける!」と思った。
次に会ったのは93年の鈴鹿。自分はスーパーバイクのメカニック、彼は500ccのライダー、既に全日本チャンピオンを狙うところにいたが、それでもいつも「バイクに乗るのが楽しくてたまらない」と言った感じでニコニコしていた。
一昨年だったか、家内と出かけたもてぎのMotoGP、お父さんに聞いたらあまり控え室の外に出てこないとの事だったので家内とサイン会に並んで会った。「久しぶり~」と声をかけると「あ~!」と言って昔から変わらぬ笑顔で笑った。
彼のデビューの頃はアメリカンライダーが全盛、ダートトラック出身のライダーが世界のレースを席捲していたが、今、マシン作りの方向性は変わり、125、250とステップアップしてきたヨーロピアンライダーが主流となってきている。自分はAMA、全日本までしか経験が無く、MotoGPやWSBの様なハイレベルのレースはは全く想像のつかない世界だが、もしかしたら乗り方とマシンの方向が合わないのかもしれない。又、自分の乗り方のイメージがスタッフにうまく伝わらず、苦労しているのかもしれない。
もちろん、今彼のいる世界がどれだけ厳しい世界かだけは想像がつく。ただ、それでもやっぱりあの「バイクが楽しい!」という笑顔、周りが思わず「あの子を勝たせよう!」と一生懸命になる笑顔を忘れないで欲しい。そうすれば、きっといい結果がついて来ると思う。WSBには、長年は走り続けているベテラン達もたくさんいる。まだまだこれからだ!
がんばれ!ノリック!
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
ここしばらく、ずーっとTOネタですけど、もう少々御付き合いを。
今回学んだことで大きかったのがライダーのバックグラウンドによる乗り方の違いと車両への要求。例えば今まで乗って頂いていた北野君や和歌山さんはブレ-キング時に抜重し、旋回に入るときにその体重をシートに乗せてタイヤに荷重を与え、この荷重でサイドウォールをたわませスリップ角を作って旋回。加速時はラジアルタイヤの縦剛性をうまく使って加速につなげる。これに対し今回乗って頂いたtatsuya氏は正に軽量級の職人芸とも言える乗り方で、アクションを小さく、スピードを維持したままコーナーに侵入し、タイヤの接地ロスを防ぐ為大きく体を動かさず、後にすわったままそこからスロットルで自在に向きを変えて行く。リヤでの旋回を主体としフロントは接地抵抗を嫌い舵角も荷重も少ない方向。
今度tatsuya氏に乗って頂く時には、氏の乗り方に合わせてフロントのオフセットとスプリングレート、油面を変更、タイヤはバイアスに、点火時期も見なおして、もっと車体が氏の体になじむ様にしてみようかなと...
RD400,新たな進化の季節?
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
先にも書いた通り、今回のTOFは結果として大成功でしたが、そこに至るまでには予想外のトラブル、そしてそこから学んだ事がたくさんありました。
まず第一にコミュニケーションの大切さ。実は今回、練習走行で思いもよらぬエンジンブローが有ったのですが、これはRD400の耐久性というよりも、御互いのコミュニケーション不足によるところが大きかったと思います。ただ、このトラブルが有ったからこそtatsuya氏と御互いじっくりと意見交換し、問題を理解し、本当のチームとして本番に焦点を合わせた活動が出来たのだと思います。そういった意味ではこのトラブルは今回の結果を残す為の必然だったのかもしれません。もしあのタイミングでトラブルが起きなかったら本番でトラブルが起きていたかもしれませんし、本番の混戦の中でトラブルが起きたら思わぬアクシデントにつながっていたかもしれません。
最初tatsuya氏にTOFの御話をしたとき、氏はロードレースからは14年近く遠ざかっていたとはいえ、モタードでは参戦を始めてすぐに素晴らしい成績を出されていました。その為、私の方では「細かい説明をしなくてもわかっているだろう」との甘えが有ったのでしょう。RD400のクセや各計器類の指針が指定の温度域を超えた時の対処などについて、自分では説明をしたつもりでいて、実は充分な説明をしていなかったのです。一方、tatsuya氏は今まで整備など全て自分で行われてきた事から、「私のマシンにコメントを言うのは失礼にあたるのでは」
との気遣いをされていたとの事。本当は計器類のレイアウト、視認性、温度変動の大きさや温度が指定を超えた時の対処など、詳細に打ち合わせをするべきところで実はコミュニケーションが充分に行われていなかったのです。
水冷車の水温計のかわりに、RDではプラグ座温と排気温度をモニターしていますが、水温と比べプラグ座温は頻繁に変動する為、本来ライディング中は常に視界の中に置いておく様レイアウトしなければなりません。ところが実はtatsuya氏の体格で氏のライディングスタイルの場合、インフィールドの大部分で計器が死角に入ってしまっていたのです。この為、死角に入っている間にプラグ座温が規定値を超えてしまい、ピストンヘッドが溶けて首振りを誘発、ピストンを割るというトラブルにつながってしま
いました。
又車体の挙動などについても、十分なディスカッションを怠っていた為、一度は今までに無い危険な挙動モードが出ていると勘違いし、安全の為に参加見送った方が良いのでは、と思った事すらありました。
こんな時、すぐに時間を割いて話し合いの為に私の家まで来て下さったtatsuya氏の的確な判断には本当に感謝しています。この時は、具体的な車両の話しから御互いの考え方、今後の進め方など夜中まで6時間近くも話しをしたでしょうか。この話し合いのおかげで御互いの意思疎通が不充分だった事、氏が非常に冷静に、かつ緻密に車両の状態を感じ、判断しながら乗っている事、車両に危険な挙動は出ていない事、乗り方の違い、実は計器類のレイアウトに問題が有った事など、色々な事がわかりましたし、又自分自身、「この人の為にマシンの不安要素は全て対策し、絶対に確実なマシンを準備する」という思いからモチベーションを非常に高める事が出来ました。
それにしても今回は本当に運が良かったと思います。ピストンが激しく割れ、破片が散ったにも関わらずクランクケースは無傷、破片がリードケースで跳ねかえりヘッドに噛み込みましたが一皮削れば何とか修正可能なレベルで削った分はガスケット厚さで調整出来ましたし、シリンダーも何とかホーニングで対処出来るレベルでした。なによりも幸運だったのがこれが起きたのが最終コーナー立ちあがりだったにも関わらず、片肺になっただけでエンジンがロックするような事が一切無かった事。もし一瞬でもロックしていたら転倒し、tatsuyaさんを怪我させてしまっていたかもしれません。私のマシンのタンクには、教会で買ってきた聖母マリアの御絵と、教会で祝福を受けてきた十字架の御守りが貼ってあるのですが、今回は本当に守って頂いたのではないか、と思えてきます。
そういえば、御守りをしていて事故に遭いそうになった時に、守ってくれた御守りが身代わりで割れる、という話しを聞いた事がありましたが、このエンジントラブルの後、御守りを貼った私のマシンのタンク、割れてました.......
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
行ってきました筑波TOF。
<-土曜日の朝日の中で走行の準備。本人的には金曜日がまだ続いています。
今回は1週間前の練習でトラブルがあり結局金曜日の晩は徹夜、前日の土曜日も思わぬ電装系のトラブルがあるなどなかなか苦難の道のりでしたが結果としては当初の目標通りtatsuya氏と御互い笑顔でがっちり握手する事が出来ました。
しかも過去最高位の5位入賞、それもただの5位ではなく4位のマシンに最後に勝負を挑み、1/100秒まで同タイムの同着、ベストラップの差で5位という初めてのコンビ、短い準備期間としては最高の結果を残せました!
又、今回のレースを通し、いろいろと新たな勉強をする事が出来ました。
<-土曜日の走行を無事に終え、ちょっとリラックス。右手の黄色いのはエンジンスターター。
練習のトラブルは学んだ事など交えながら後で徒然なるままにつづってみたいと思いますので、ここでは土曜日の走行から。まず万全を期した筈の1本目、エンジンが失火!!クランクケース内のオイルの影響かと思いプラグを換えて見るも直らず。走行をやめ各部をチェック。一番疑わしいステーターコイルの抵抗値を測ってみるが異常は無い。何故??とじっくり考えてみたところでもしや!と思いキルスイッチを分解してみると中で髪の毛ほどの電線の切れ端が隣の接点に接触していた!
その切れ端を慎重に取り除くとエンジン復活!ところが今度はタンクからガソリンがにじんでくる。クラックと思われるものの場所が見つからず、ここと思われる場所を金属パテで補修。次の走行では車体の接地対策として若干上げたリヤのイニシャルネガが出て1ヘアピンの旋回でフロントが逃げるとの事だったのでイニシャルを半分だけ戻す。
走行を終わってチェックするとガソリンはやっぱりにじんでいる。再度虫メガネでよーくチェックして行くと...あった!溶接ビードに沿ってほんのわずかなクラック!場所がわかればもう大丈夫。金属パテでしっかり修正して午後の走行へ。
午後のセッションを走り出すとコーナー立ち上がりでフロントに振れが出るとの事。これは半分だけイニシャルを戻した事で中途半端にフロントに荷重が乗ってしまう為と判断しイニシャルを完全に前回走行時と同じに戻して解消。無事走行を終え急いで車検を通す。
で、土曜日(というか本人的には金曜が続いている)はここで終わり、にしたいのですがここから定例の腰上OHが待っているのです。怒涛の勢いでピストン交換を終えたのが午後9時半、急いで宿に戻り、風呂に入って就寝。
翌朝は6:30ゲートオープンに合わせてサーキット入り、準備を進めますが雨がぱらついてくる。
いつもの事ながらDOBAR1クラスは結構早い時間に予選が有るので急いでマシンチェック、給油、ウォームアップを行い、さらにtatsuya氏と相談してエア圧とジェットの番手を決めます。
それにしても今回導入のエンジンスターターは良いですね。一回一回マシンを押さなくて良いというのは本当に楽です。
9:00から予選スタート。雨が路面にわずかに残っていて難しいコンディションですが慎重にペースを上げ、予選4位、フロントローを獲得。なにせ周りは全部750や800ccなので400ccでこれはなかなかの快挙です!
そしていよいよ決勝。グリッドにマシンを並べたらメカニックに出来るのはここまでです。「あとは好きに暴れて無事帰ってきて下さい」とtatsuya氏に伝えコース外に退出。
<-いざ、出陣!!(chujo博士、ごめんなさい。写真使わせていただきました)
決勝スタート!豪快なウイリーでスタートしたRD400はそのままトップグループで1コーナーへ。一周目は4位で帰ってくる。しばらくして3位に浮上!ただ後続は離れずテールtoノーズの戦いは続く。
やがて後から上がってきたZが3位争いにからみ出し、tatsuya氏は5位へ。そして迎えた最終ラップ、4位のZに勝負をかけたtatsuya氏は最終コーナーアウト一杯、ハンドルが触れ合わんばかりの勢いでZに並びかけ、そのまま横一線でゴール!!いやー手に汗握る戦いでした。
決勝が終わってホッと一息、本当はここでゆっくりするのですが今回は風が異常に強く、テントが飛ばされてしまうアクシデントも有ったので早めに撤収のうえ表彰式に出席と相成りました。(飛ばされた隣のテントがウチのテントに乗り上げる形になってしまい、ウチのテントは二基共息を引き取りました...合掌。)
(よゐこ濱口風に)獲ったどー!表彰台獲ったどー!->
T中氏をはじめピットクルーをつとめてくださった方々、応援に来てくださった皆様、短い納期で素晴らしい仕 事をしてくださった近藤内燃機さん、カッコイイステッカーを作ってくださったMIDORI DESIGNさん、アドバイス下さったNTNさん、BRIDGESTONEさん、又遠くアメリカからアドバイス下さったPro-FloのJohnおじさんにPenton Racing(PVL Ignition)のDaneさん、いろいろ相談に乗っていただいたうえ心配して電話まで下さった和歌山さん、そしてタイヤの準備をして下さったSpeed Starさんに油圧クラッチ手配から取り付けまで行ってくださった10knotさん、本当に有難うございました。お蔭様で無事笑顔でレースを終える事が出来ました。
そしてtatsuyaさん、本当に御疲れ様でした!けどこんな達人がモタードではライバルになるってちょっと恐いな....
| 固定リンク | コメント (8) | トラックバック (0)
スノーボードクロスという競技が今回の冬季オリンピックから追加されたとの事。
見てみたら...これはすごい!イケてます!!思わず熱くなって見入ってしまいました。
皆さんも是非見てみて下さい!!ハマります!!
| 固定リンク | コメント (3) | トラックバック (1)
詳細は後で又書くとして、TOF出られそうです。
まだまだ準備はこれからですが、本番に向かってモチベーションを上げつつ、頑張ってみたいと思います!!
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
<-最新スペックを早くレースで走らせたいけど...
今年のTOFは3月、ウチのライダー氏はスキーヤーでも有り3月はシーズン中。残念ながら参加不可。和歌山さんとも相談したけどやはり3月の路面温度やスケジュール、あと自分の体調(インフルエンザ後未だ回復し切らず...)などを考えるとバタバタ準備して参加するよりコンディション良くなってから前回の改善点をテストで確認し次回に備える方が良いでしょう、と言う事で今回は他のRDのサポートに回り、自分のマシンは当日パドックに展示させて頂く事と致しました。
サスの更なる煮詰めやステーターコイル回りの熱対策も施し、何処まで行けるか興味は有りますが、お楽しみは次回と言う事で。その分ストリートRDとモタードをがんばりましょ-!
| 固定リンク | コメント (3) | トラックバック (0)
一昨日、ケーブルTVのディスカバリーチャンネルで「最高のバイク」(だったと思う)という番組をやっていた。その中で出てきた1台「ブリッテン」。ニュージーランドに住んでいたジョン、ブリッテンという方が全てを個人で作り上げたオートバイだ。90年代に作られたマシンだが、その素晴らしいデザインは今も色あせない。
1992年のディトナ、そしてラグナセカ、当時勤務していたTwo Brothers Racingのクルーとしてピットにいた私はそこでブリッテンの走りを目の当たりにした。その鮮やかなカラーリングと驚異的なスピード。特にラグナセカ、最終コーナーを立ちあがるなりウィリーして1コーナーの方へ消えて行ったブリッテンの姿は今も目に焼き付いている。その後、ブリッテンがマシンの市販を始めると雑誌で読んだ私はすぐに「ブリッテンで働きたい!」とFAXを送ったが、彼からの返事は「申し訳無いが今はまだ人を雇える状況ではないので」というものだった。その数年後、彼は病で急逝してしまう。
当時は、例え個人の製作とは言え自分の設計した物を専門の工場に依頼して製作し組み立てている物だとばかり思っていたがその更に後、「One Man's Dream」というブリッテン製作の記録ビデオを発見。購入してみて驚いた。鋳造からカーボンファイバーの製作まで正に全て手作りではないか!
今回、あらためてテレビでブリッテンの事を観て、これらの事が次々と頭に浮かんできた。今、バイクはどんどん先鋭化し、個人では手を触れにくいものになりつつあるが、しっかりとした発想と技術、そして熱意があれば個人でもこれだけ素晴らしい仕事が出来る!あらためて考えさせられた一時だった。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
今日はKei's Racing Garageでの開発について少々。
Kei's Racing Garageでは2000年からRDでのレース活動、又昨年からはD-Trackerでモタードへのトライを始めましたが、これらKei's Racing Garageでの活動は全て細かいデータ測定と入念な計算に基づいています。
こんな感じにリンク特性を書き出しますー>
例えば新しい車種を手がける場合、まずは車両の全ジオメトリーを計測、これをCADに入力して何処をどう変更すれば最適なジオメトリーになるかを図面上で入念に検討したうえで部品の製作やセッティング変更に取りかかります。リヤのリンクについても寸法を測定しこれを専用のソフトに入力、リンク比を計算した上でセッティングを開始すると言った具合です。
どんなモディファイをするにしてもまずはベースになるものがどの様な寸法で作られ、どの様な特性を持っているかを理解した上で全体のバランスをしっかり検討しなければ良いマシンはつくれません。
昨年末には「猫足」メニューを発表しましたが、これもD-Trackerのもつ特性をしっかりと検討したうえで、最小限のモディファイで「楽しい」バイクとする事を狙った物です。
しっかりとした基礎検討と計算、これがKei's Racing Garage「楽しい」バイク作りの原動力です。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
皆様、遅ればせながら、あけましておめでとうございます!
正月にモチ食べて、猫足1台仕上げて、あと頭を真っ白にしてリラックスしていたら気付けばもう6日、けどたまには頭真っ白にしてボーっとする時がないと次の発想が生まれて来ません(とボーっとしていた自分に言い聞かせています)
先日、モタードレース参戦しているtatsuya氏のご好意で氏のD-Trackerに乗せて頂き、非常に感銘を受けました。今までに味わった事のない感触で、最初は硬く感じるけどコーナーで荷重を載せるとしっかりとした接地感を感じさせながら狙ったラインより一つ内側を一気に回り込んで行く感じ。氏が以前GP125のマシンに乗っておられ、そのイメージでこのマシンを仕上げてこられたと伺い納得。自分では未経験の125マシンを疑似体験できたような感じです。そしてエンジンはスロットルを開けると間髪入れず矢の様な加速。これをきっかけに、新しいセッティングのイメージが生まれそうです。
今年も引き続き「楽し"い"バイク乗ってますか?」をキャッチフレーズに、新しいトライを続けて行きたいと思います!
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
今年も残りわずかとなってきました。思い返すとあっという間の1年でした。
RD400のテストにはじまり、D-TrackerやGXエキゾーストの開発、モタード参戦、そして平日の勤めのほうではサスペンション開発へと担当が変わり一気に多忙な毎日へ...Kei's Racing Garageは「理論に裏付けされたチューニング」がモットーですが、今年はマシンや部品開発に追われ、基礎研究の時間が取れない1年となってしまいました。
来年はサスは減衰力測定、エンジンは性能シミュレーションを行いながらきっちりと理論に裏づけされたチューニングをして行きたいなと思います。まずはRD400で3月のTOF、そしてモタードは久々にエンジンにも手を入れ、「楽しい」だけでなく「速い」マシンを作る事を狙って行きたいですね。とはいっても、やはりストリートにフィードバック出来る様レーサーではなくD-Trackerがベースですけど。
まだまだ小さいKei's Racing Garageですがやりたい事は一杯です!!
| 固定リンク | コメント (5) | トラックバック (0)
REFのあと、あまりしっかりとマシンを掃除する時間が取れなかったので先週末あちこちを点検しながら掃除をした。やはり整備の基本は掃除です。
で、ホイールを磨きながらフロントタイヤを見てビックリ!T中氏が走った後はリヤタイヤにドリフト痕がつくのは知っていたがフロントもエッジ一杯一杯までむしれた様なドリフト痕が残っている。しかもサイドぎりぎりの所でタイヤ溝の角が片側(ブレーキで負荷のかかる側)だけ飛んでしまっている。しかもステップはガリガリに擦り込んだ跡。一体この乗り方は...フルバンク状態でハンドルを切り込んでスロットルを思いきり開けて行ったとしか思えない....
自分の持論として、多分モタード車をとことん煮詰めていったらそのコントロールはモトGPマシンのそれに近くなって行くだろうと思っているが、オーバースピード気味にコーナーに進入し、フルバンク付近で滑りながらさらにインに切り込んでスロットルを開け、回り込みながら車体を起こして行くと言う乗り方をいくら”猫足”とはいえノーマルベースのD-Trackerで笑いながらやってのけるとは...恐るべしT中氏...
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
ここのところ体調がすぐれず、作業が遅れ気味になってしまっている。待って頂いているみなさん、本当に申しわけありまん。
自分のバイクに乗る時間もままならず、今日久しぶりにVF750のエンジンをかけようとしたらかからない。ブースターをつないでセルを回し続けたらやっとかかったがガソリンが腐ったいやーな匂い....お客さんのバイクの作業の合間を縫ってキャブのプチOHで復活。ホッとする間も無くVT500のバッテリーが上がってしまった...(T^T)
ウチのガレージにもOH待ちやレストア待ちの車両(自分の)があるけどこれでは全くメドが立たない。というわけで、手持ちのレストア待ち車両を整理しようかと...
今回はTDR250。以前から乗ってみたい1台だったのでエンジン焼きつきの車両を安く購入、綺麗に直そうと全バラしたがその後手が回らず...今でも仕上げて乗りたい気はあるし、ツーリングには最適な1台と思うけどまだエルシノアが順番待ちだしココは涙を飲んで一旦あきらめようかと。ただこれは本当にバラバラなので本当にTDRが好きで気合で組みたてるぞ!と言う人にしかお奨めできません。もし我こそは!という勇者がいましたら連絡下さい。ちなみにエンジンはTZR250(1KT)のものが1台あります。
| 固定リンク | コメント (3) | トラックバック (0)
しばらく更新をさぼってしまいました。理由は本業(っていうかこっちが副業?)での怒涛の出張。とはいえ、公共の場で多くは言えませんがこっちの仕事もKei's Racing Garageの仕事の質を上げるのに非常に役に立っているのでおろそかには出来ません。
んで、話しは変わって先週はあるバイク雑誌の編集部に御邪魔させて頂きました。目的はD-Trackerに試乗頂きアドバイス頂く事。短い時間ではありましたが非常に貴重なコメントを頂く事ができました。
初心者がヒラヒラと走れ、楽しいと感じるセッティング、上級者が限界付近でのドリフトを楽しむセッティング、そして純粋に早く走る為のセッティング、あらためて乗り手に応じたきめ細かなセッティングの重要性を感じました。
今後Kei's Racing Garageではそれぞれの乗り手のイメージに合わせた「楽しい」オートバイ作りを追求して行きたいと思っております。
足回りに不安を抱えている方、まずは一度メールしてみて下さいね。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
先週の話になりますが、いって来ましたMoto GP。
例年通り、土曜日はパドック内を歩き、日曜日は外から観戦。
土曜日の興味はもっぱらメカの作業風景、マシンのセッティング状態、そして旧友に会うこと。
今年も以前の同僚で、同じモトクロス部にいた友人に1年ぶりに会う事が出来ました。彼は今ロッシのマシンなどの開発を手がけている様です。頑張れ!!
あとはひたすらパドックの作業風景を除き込み、工具やスペアパーツのレイアウト、作業手順、各作業に使っている工具等をチェック。限られた時間でハイレベルな作業をこなさなければならないからこそ各チームとも非常に手際良く、またレイアウトにも工夫が見られます。
特にGPのパドックで特筆すべきなのは皆マシンを徹底的に洗う事。それも揮発性のケミカルは使わず、水性のケミカルで水を使いながら丁寧に洗っています。
部品にわずかでも悪影響を与えない為でしょう。それも走行毎に車両をバラし徹底的に。整備の基本は掃除から。非常に見習うべき点です。
(余談ですが、私はまずカウルの裏側、特にアンダーカウルの裏側は徹底的に掃除する様にしています。)
次は予選が始まる時。各マシンがウォーミングアップをはじめる時の手順、方法をチェックしてから横からの写真をパチリ。後で車体ジオメトリーを研究する材料になります。そしてライダーが跨る瞬間の前後サス沈み量をチェック。土曜日はここまで。
日曜日はコースサイド。必ずS字が見えるところに陣取ります。何故ならブレーキングからリーン、切り返しと言った一連の動作の中でサスの動くスピードとストローク量、動的なジオメトリーが把握出来るから。こういった観察を元に自分の中にイメージを作り上げるのは非常に大切かと。
本当はMoto GP決勝レース後、エキジビジョンで行われるダートトラックも見に行きたかったのですがこらは翌日早朝からの出張が急に決まったので残念ながらパス。急いでに帰途につきました。
それにしてもやはりGPメカの人達は細かいところへの気配りが違います。やっている作業は非常にベーシックな事ですが、その一つ一つを非常に大切にしていますね。あらためて基本の大切さを学んだ2日間でした。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
昨日出張から帰るとアメリカから大きな荷物が。品名は”Book"。差出人はマイク、ベラスコ。かつてのGP500世界チャンピオンフレディー、スペンサーのメカニックとしてアメリカでは有名な人で、私のメカの師匠であり大恩人だ。にしても何だろう?あまり読書とは縁の無い人だが...自伝でも出したか?
早速開けてみようとするがきっちりと梱包してあってなかなか開かない。苦労してやっと開けてみるとそこには....
以前私の結婚式に来てくれた時の写真、マイクと家族からの手紙、そして”Vintage Aircraft Nose Art"と書いたゴツい本!マイク、覚えていてくれたんだ!!
以前から1940年代の飛行機が好きだった私は、当時フライトジャケットに凝っていて、自分のフライトジャケットに自分でバックペイントをしたりしていた。”ノーズアート”とは第2次大戦中に米軍のパイロット達が愛機に名前をつけると共に無事帰還の願いを込めて機首に描いていた絵の事で、以前映画にもなったB-17爆撃機”メンフィス、ベル”などが有名だ。またパイロットの多くは愛機の描いた物と同じ絵を自らのフライトジャケットの背中にも書いていたが、これが”バックペイント”と呼ばれている物。
マイクの家に部屋を借りて住んでいたのはもう13年も前の事。しかも今はお互い忙しく年に1回連絡取り合うかどうか。そんな中で、マイクはしっかり気に留めておいてくれたんだ!気がついたら嫁さんにこの事を話す自分の声が潤んでいた。
マイクももう50代半ばを過ぎており、家族と過ごす為AMAのレースからは身を引いている。みんな元気でやっているんだろうか?たまにはフレディーやフレッド、マーケル、ババ,ショバートなんかのAMA仲間と連絡取り合っているんだろうか?今度電話してみよう!!
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
今日、テレビをつけたら航空機事故原因についての番組をやっていた。残念ながら最後の10分ぐらいしか見れなかったのだが、最後の部分では航空機事故調査委員の人が担当メカニックに作業手順を聞いていた。(うろ覚えなので多少の間違いはお許しを)
「外したボルトを又同じところに戻すだけです。非常に簡単な作業です。」
「それでは、あなたはボルトを確認して取り付けたのですか?」
「外したボルトで、径と長さを見ればどこに戻すかわかります。コンピュータなどでボルトの種別を確認していては倍の時間がかかってしまいます」
「あなたは経験豊富なメカニックですが、作業にあたってそう-初心者がするようにマニュアルを見たりしますか?」
「私は長年の経験があるので見なくてもわかります。マニュアルを見ていると作業に倍の時間がかかってしまいます」
そこで事故調査委員のコメント。
「これは我々にとって驚異だった。彼らは私達の知らない自分たち独自の作業方法を行っていたのだ。みな許容範囲を超える仕事を抱えており、その為作業効率を優先する仕事の仕方になってしまっていたのだ。」
察するに確認を怠ってボルトを間違えた事が重大な航空機事故につながったのであろう。
そこで思い出した事 --- オートバイの世界でも、一部のメカニックがサービスマニュアルを見ない事を自慢するのを見た事がある。またサービスマニュアルを見るものを馬鹿にするのを見た事がある----しかし、本当にそれで良いのか?
オートバイ設計には沢山の人が携わり、色々な思いが入る、設計の過程では色々な問題、葛藤が山積みとなり、時にはそのマシンの主要目的を達成する為に不本意ながら若干他モデルと違う設定にしなければならない部品も出てくる --- そんな設計者達の考えが凝縮されたのがサービスマニュアルなのだ。
ベテランのメカニックだからこそ、そしてオートバイは命を乗せているからこそマニュアルをしっかりと確認し、またそこから設計者の意図を読み取って作業をして行くべきではないだろうか。又マニュアルを読み、設計者の意図を理解していれば各乗り手に合わせたセッティングも判断し易くなる。
例えば古めのスポーツバイクを整備した時の事。マニュアルに記されたバルブクリアランスが非常に小さくなっていた。同形式のレーサーより確実に狭い。そこで設計者に聞いたところ「そのモデルは音でクレームがこない様クリアランスを狭くしたので性能面を優先するなら広くしても良い」との事。お客さんは性能を優先していたので広く取るようにした。
最近のスポーツバイクなど、コンロッドボルトの締め付けを塑性変形領域(金属が曲がって元に戻らなくなる力の領域)まで締めつけて、トルクだけでは無くボルトの伸び具合でも確認する様マニュアルで指示しているモデルもある。これでもしマニュアルを見ず、従来の締めつけ方法で締めたら.....もしそれでコンロッドボルトが折れたら...以前、チタンコンロッドを使ってレーサーを組む時「必ずボルトの伸び具合で確認する様に」と言われていたのを「マア大丈夫だろう」と従来のトルク管理で締めつけたメカニックがいた。ちなみにチタンと鉄とは相性が悪く、かじったりし易いので専用グリスなどを使ったりしない限りトルクを見ただけでは正確にボルトにかかる力を判断出来ない。そしてその結果は....高速走行中にコンロッドが折れてクランクケースを割り、コース上にオイルを撒く結果となってしまった。幸いライダーは怪我しなかったが。後で折れたコンロッドを見たら、ボルトがまず金属疲労で折れた事がはっきりと見てとれた。ボルトに十分に力がかかっておらず、エンジンの回転でコンロッドが踊ってしまい、それがボルトの極端な伸び縮みを誘発して金属疲労->ボルト折損->コンロッド破壊->エンジン破壊に至ったのだろう。
新型車が発売されると雑誌が取り上げ、いろいろな説明の記事が世に出る、けど、設計者の意図が一番良く伝わるのがサービスマニュアルだと思う。設計者は、メカニックに対してサービスマニュアルを通して思いを伝えているのだ。それがサービスマニュアルならば、我々が正しく作業している事を確認出きる唯一の物がサービスマニュアル。私の師匠も、常にサービスマニュアルは脇に置いていた。全米でも5本の指に入るであろうメカニックでも、だ。これからも初心忘れず、マニュアルを参照しながら確実な整備を心がけたいと思う。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
ただいまドイツに出張中。
今までアメリカには何度も行ってたけどドイツはまだ3回目、しかも今来ているSchweinfurtは今回が初めて。
言葉が出来ないのがとても不便だけど町はなかなか良い雰囲気。町の中心には石畳の広場があり、いたるところにオープンカフェ。日が沈むのが9時過ぎなので皆平日でもカフェでのんびりしている。カメラを持ってこなかったのが残念!!あとバイクもかなり多い。国産はもちろん日本では見た事の無いメーカーも。日本のライダーと比べると全体的に皆ヘルメットや装備には気を使っている。この辺は文化なのか、それともアウトバーンを走る事から来る必然だろうか。
アウトバーンは片側二車線しかないのに皆容赦なく飛ばす。遅めで走っているつもりでもメーターを見ると130~140kmは出ている。当然それを200kmオーバーで抜いてゆく車がいるかと思うと大型トラックなどは100km以下。150kmぐらいで走っていて後ろからもっと速いのが来たときなど、右にトラックがいると結構な勢いでフル制動、左が開いたらフル加速。ヨーロッパ車はブレーキ性能が良いのとマニュアル車が多いのは納得できる。やっぱりこういうのは現地で自分の目で見なければわからないですね~
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
English Page | Kei's History | MOTO1 | Super Motard | こんなん作ってみました | エンジン,点火系、エキゾーストなど | サスセッティング | スポーツ | バイク | ヤマハ RD400 | 日記・コラム・つぶやき
最近のコメント